"> *旬なHAWAII * From Hometown
『親心』
平成20年(2008年)11月27日付け
Oyagokoro11-27-2008 001a

河北新報-鼎が浦-に掲載された次兄の投稿記事





l-h1-g.gif

「鼎が浦女子高等学校」というのが、気仙沼市にある←今は学校名が変わっているらしい
姪がこの女子高に入った時、「かながうら」を連発する私に『「みーちゃん、かながうら」でなくて「かながうら」だでば」』(違うってば!強調した)
何しろ、この指摘まで何十年も「かないがうら」で話は通っていたし、誰にも直されたことがない
「目からうろこ」とはこのこと

そして、この新聞のことを夫に伝えながら、姪が「正確な読み方」を教えてくれたという話をした
「その学校には行かなかったからじゃないの?」
行ってないから訂正される機会もなかったんでしょうという訳だが・・・
確かにこの高校に関わらなかった私は、鼎という字を使ったこともなかった
ただ単に「訛ってただけ」だったのかとも思う
訛って漢字の読み方を覚えていた、姪との楽しい思い出でもある「鼎が浦」
そして、これを期に「鼎」の意味を調べたのであった
今度姪に会ったら「意味分かる?」と云ってみようかな~☆

兄は2009年に引退
引退祝いを・・・と思っていたら、逆に戴きましてm(._.)m
昔と変わらず、どんな状況に遭遇しても前向き-ありがたい存在☆


From Hometown
▲ pagetop
『父の教え』
平成20年(2008年)11月20日付け
Chihinooshie10-23-2008 001a

河北新報-鼎が浦-に掲載された次兄の投稿記事



From Hometown
▲ pagetop
『父と母』
平成20年(2008年)10月30日付け
Chihitohaha10-30-2008 001a

河北新報-鼎が浦-に掲載された次兄の投稿記事


From Hometown
▲ pagetop
『父の写真』
平成20年(2008年)10月23日付け
chichinoshashin -10232008

河北新報-鼎が裏-に掲載された次兄の投稿記事





From Hometown
▲ pagetop
『ヒグマの子育て』
平成20年(2008年)10月16日付け
Higumanokosodate10-16-2008 001a

河北新報-鼎が浦-に掲載された次兄の投稿記事


従姉妹の量子ちゃんが姉に送ってくれたという新聞掲載記事
彼女にとっては、大谷の叔父叔母を懐かしく思い出すことができたので、読んで・・・という手紙が添えられていた
母が独りになった後は、時折訪ねてくれて一番お世話になった従姉妹

実家に残してきたアルバムなど、どうなっているか尋ねたら、すべて流出し回収不能だったそう
そんなことを聞いた後
大震災で犠牲になった量子ちゃんの、私の両親に対する思いも含めて・・・・兄の投稿記事も残しておこうと思った☆




From Hometown
▲ pagetop
「いっず、ぬー、さん、すっ」
東日本大震災被災地-宮城県石巻での「方言でのラジオ体操」
一日の始まりには活力をもらえそうです



ラジオ体操の場合は勢い付けるので「いっず、ぬー・・・」f^_^;
途中の説明には「へ~~~ッ!」(石巻ではこう言うんだ)という部分あり

皆さんなんとか前向きで・・・が伝わります☆



From Hometown
▲ pagetop
「稲刈りニュース」
私の耳が反応した
大谷小学校・中学校は母校
10062011-006a.jpg

子供たちのコメントも、ハキハキして感謝に溢れていた
うちの田んぼは今はどうなっているんだろう
10062011-008a.jpg

学校の下の方に広がる田んぼのことだな~と思いながら、こうして少しずつ「復旧復興」の知らせに安堵する
小中学校の校庭は、仮設住宅が建てられている
もう稲刈りの季節、雪の降る冬の寒さ対策-宮城県は今急ピッチで施工計画中だそうです
日本時間10/7/2011放映






From Hometown
▲ pagetop
特別報道写真集

book-tsunami400.jpg


紹介ページ by河北新報社
↑には「立ち読みできます」があり、数枚見ることができます。


今日届いた小包の中に入っていた本
A4サイズ128ページの大型本
直視は辛いが現実にこの中にいる故郷の人たちのことを思うと、全身硬直する思い
「映像より現実はかなり厳しいからね~」という地元の幼なじみの言葉が今重く心に響く
葛藤がある
まだ見れない+読めない☆


From Hometown
▲ pagetop
ふるさとから..........手紙と電話
Oyakaigan-Hamanasu6-16-2011a.jpg





From Hometown
▲ pagetop
「いつまでかかるか分からない」
大震災後の故郷の復旧:実家周辺は電気・電話・水・・・ライフラインの復旧が進んでいないとのこと。
残った実家の一階はタンスの中に海水がたまっている状態、冷蔵庫も流されたとのこと、あの高台まで津波が押し寄せたとは・・・
平地に建てられていた家々が流されたのにも頷けます。平地の区域は何の片付けも始まっておらずそのままの状態、行政の復興計画もまだ決定していないよう様子
小中学校の校庭に建設中の仮設住宅200棟余りがもうすぐ完成します。今までと同じ場所に家は恐くて建てられない・・・という義姉からの連絡



-------------------------------








From Hometown
▲ pagetop